早稲田オープン塾のスッポン根性伝説by亀山

早稲田オープン塾の亀山です。

畠山重忠  〜坂東武士の鑑〜

 

こんばんは。早稲田オープン塾の亀山です。

 

今日は深谷市の偉人「畠山重忠」が源頼朝の死後、鎌倉幕府の権力掌握を目論む北条氏に滅ぼされた日です。(畠山重忠の乱)

 

畠山重忠とは平氏討伐、鎌倉幕府創業のため、尽力した人物です。

その武勇、清廉さから「坂東武士の鑑」と称されていたそうです。

 

畠山重忠というなんといっても

 

鵯越の逆落とし」

 

源義経率いる軍勢が一の谷の断崖絶壁を馬で駆け下ります。

そんな中、畠山重忠は、馬を損ねてはいけないと馬を担いで坂を駆け下ります。

 すごいですよね〜(^-^)

 

私は生まれも育ちも深谷ですが、自慢できる人物のひとりです。

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写真は、畠山重忠公史跡公園畠山重忠像です。

 

 

夏が来たな〜

こんばんは。早稲田オープン塾の亀山です。

 

右手首を捻ったらしく、少し痛みます。医者に行くほどではないと思いますが、注意しないといけません。

 

亀山家にある松の木がすっきりしました。夏が来たと感じます。

 

植物が一年でこんなに成長するのだなと驚く場面でもあります。

 

さて、夏休みが近づいていますが、生徒の皆さん、夏休み期間中に苦手科目の克服と今までの総復習をしっかりしていこう!!

 

みんなもこの夏で大きく成長しようぜ!!

「ケンジって何?」

こんばんは。早稲田オープン塾の亀山です。

 
中学校、高校は期末テスト期間です。生徒が昼間からたくさん来て、テスト勉強に勤しんでいます。
 
僕も大忙し!!
 
さて、こんな中、歴史を勉強しているある中学生から「ケンジって何?」と質問がありました。

「うん?何それ?」
 
「プリントに書いてあるんですよ!!」
 
プリントを見てみると、そこには「健児」の文字が・・・
 
確かにこれは読めないよな・・・「こんでい」ですね。
ちなみにこれは平安時代の地方の軍事制度ですね。
 
歴史を勉強していると古代史で読みづらい用語って多いですよね。
 
有名なのだったら中大兄皇子
 
あと、気になるのは、犬上御田鍬ですね・・・読み方は「いぬがみのみたすき
」なの「すき」って読むなんてね・・・
 
当時の語学ってどうなっていたんですかね。万葉集には当時の方言で詠われた和歌もあるみたいです。言語学とか勉強はしたことないですが興味があります。
 

時は金なり

私自身、よく忙しいと言って、後回しにしていたり、言い訳にしてしまうことがあります。

 

そんな自分に戒めをこめて、こんな言葉を

 

『人生を大切にしたいなら時間を無駄使いしてはいけない。人生は時間によってできているのだから。』

 

ベンジャミン・フランクリン

 

うん、これからもっと時間を大切にしないと・・・

 

生徒諸君にも時間を大切にしてもらいたい。

朕は国家なり

 

世界史のプリントの暗記を高校生

 

さて、絶対王政期のヨーロッパです。一問一答式のプリントを必死に覚えています。

 

用語の多さに四苦八苦。

 

単純に暗記するだけでなく、きちんと各国の関係を理解しような。

 

さて、絶対王政といえば真っ先に出てくる人物といえばこの人!!

 

そうルイ14世  

 

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有名な写真ですね。
 
フランスの君主で、「太陽王」と自称しました。さて、こんなルイ14世の有名な言葉といえば・・・
 
「朕は国家なり」
 
これは王の発言は全てに優先すべきで、法律も同然であるということでしょう。当時の国王の権力を端的に表したものですね。
 
 
さて、それに対してプロイセン(ドイツ)の絶対君主のフリードリッヒ2世
 
この国王の発言に
 
「君主は国家第一の下僕である。」
 
これは、君主とはいえども、法の支配を受けるということでしょう。
 
同じ絶対君主であっても、違いがあるのですね。
 
 
王や貴族が私腹をこやしているイメージがありますが、上からの改革を試みた人もいたんですね。

黒板の設置場所は・・・

おはようございます。早稲田オープン塾の亀山です。

 

先日、生徒が「なぜ黒板がある場所は西側が多いのか?」と一言。

 

ふむ、なるほど・・・

 

曖昧ですが「黒板が設するのは西側にすると法令で決まっている」と大学時代に講義で聞いた記憶があります。

 

調べてみますと・・・

 

大日本帝国憲法下の1895年、当時の文部省が「学校建築図説明及設計大要」というものを発行しました。これは、学校を作る際には「こういう風に作りなさい」という指導書です。この「学校建築図説明及設計大要」では、普通教室について、次のように「教室・窓の向き」が決められています。

 教室ノ形状ハ長方形トシ室ノ方法ハ南又ハ西南、東南トシ凡テ光線ヲ生徒ノ左側ヨリ採ルヲ要ス。


つまりは、「教室は長方形で、おおよそ南(西南〜東南)に窓が向くようにし、生徒の左側から光が入る配置になるようすべき」という決まりです。

 

  • (昼間は太陽の光が南側から差すから)太陽の光が教室を明るく照らすように南側に窓をもうける
  • 窓から差し込む光が、生徒が文字を書く右腕で遮られ(右利きが多いので)、生徒の手元が暗くなることがないよう、教壇は西側にもうけること

という決まりです。

 

照明器具が現在ほど発展していない当時には合理的な教室設計だったのです。かなり論理的な建築設計の指針だったのです。

 

 

現在は照明器具が発展していることから、この限りではなく、学校施設設備指針では黒板は西側に設置するとは明記していないようです。しかし慣例で西側に設置する学校がほとんどのようです。